【社会学】社会学はただの娯楽である!「社会学への招待」バーガーが考える社会学の3つのポイント! 書籍紹介No.10

社会学への招待本棚

社会学への招待

この記事の内容:「社会学への招待」の簡単なまとめとバーガーが考える社会学に対する私の感想

この記事は本を紹介するための記事です。この記事に書いてあることは本に書いてあることのほんの一部にすぎません。ぜひご自分で読んでみてください!

1.個人的娯楽としての社会学

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Photo by Jens Mahnke on Pexels.com

社会学に関心を持つ者もいれば、退屈を覚える人もいます。

社会学とは思ったよりも退屈な学問かもしれません。

心理学も同じように言われてしまっていますが、

社会学はある種、数字や統計とにらめっこをする学問です。

それとこれは僕の感覚ですが、

ものすごい社会分析&マーケティングができるようになる!

というよりかは、

社会をいかに理解できうるか?

という

至極単純な問題を扱うので、

どうしても面白みにかけてしまうときがあります。

で、す、が、

僕も同じ社会学部の人間である以上、そんなことは言ってられません!

それと、僕は社会学という名前自体が面白いなあと思います。

初めて社会学部と聞いて、具体的に何をする学部なのか全くわからないからです。

これは他の学部ではありえないのではないかと汗

バーガーは本書のなかで、

社会学を学ぶということは社会学への特殊な情熱を持つということであり、個人によってその情熱は異なる形になる。

と話しています。

特殊な情熱とは、いわばテーマを絞るということです。

例えば、

「流行」にスポットライトを当てて研究するとか。

ブランドものはなぜ売れるのか?その社会的背景は何か?

ということを学問したり。

2.意識の一形態としての社会学

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Photo by Anna Shvets on Pexels.com

個人によるだけでは社会学という学問は成立しません。

上で紹介した記事でも書いてあるのですが、

社会は複数の人間から成り立って初めてできるものです。

「社会とはそもそも相互行為の体系を表す言葉であり、学問としての社会学もまた人間間で相互的である。」

バーガーは主に社会を人間の相互行為として理解していたようです。

僕もこれに賛成です。

同じ人間行動学ですが、

心理学が人間そのものを扱うのに対し、

社会学は人間によって発生する「現象」を扱う学問だと考えます。

さらにバーガーは、

社会に対する共通認識を研究することが社会学なのである。

と言っています。

共通認識、いいかえればまた、

「常識」を研究する学問ともいえるでしょう。

常識とは、社会における当たり前のことです。

常識なものに人は存在理由を求めません。

「常識だろ!しっかりしろよ!」

と声をかけられるだけ。

でも、それを知らなかった人にとっては

その知識は別に常識でもなんでもなかったわけです。

このような共通認識を研究するのもまた社会学部なのです。

3.補論ー態度変更と生活史

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Photo by Charles Parker on Pexels.com

「ある人間が別の社会システムに新たに加わるとき、その人の生活は新しい社会システムに順応したものになる。これを「態度変更」という。」

例えば僕の場合。

いま僕が住んでいるドイツでは、

お店に入れば必ずお客さん側から「ハロー」と声をかけて入店します。

そして、

出ていくときは「チュース(バイバイの意)」。

日本だとコンビニなんかですね。

コンビニから出るときに店員さんに挨拶するみたいな。

このように、新しい社会システムに順応していくことを「態度変更」と呼んだのでした。

4.社会の中の人間

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Photo by Markus Spiske on Pexels.com

人は社会のなかで位置づけられています。

社会的ステータス、という言葉にもありますね。

その位置づけのために社会統制と社会成層という二つの概念が存在しています。

社会統制とはどのように人を統制するかです(暴力や経済圧力など)。

社会成層とは、上下関係な人間の分類であり、階級や人種システムなどが当てはまります。

このように、

社会の中での位置づけによって私たちは生活しています。

たとえば、「先生」という職業。

先生も学校を離れると普通の人間です。

しかし、学校では生徒に対して統制する権利が与えられます。

そのため、学校では「先生」としての振舞いが求められるのです。

そういった社会制度が人間の行動を決定づけている(社会の中の人間)、

とバーガーは述べています。

5.人間の中の社会

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Photo by Ksenia Chernaya on Pexels.com

社会が人間の位置づけをしていることに対し、人間自身もまたそれを受け入れているといえます。

「あなたは今日から先生です!頑張ってください!」

「はい、ガンバリマス!」

といったように、

人はその人の社会的地位を受け入れて初めて位置づけられています。

この位置づけを無意識に受け入れてしまっているときがありますが、こういう状態の時に自分のポジションへの葛藤が起きるのですね。

我々は社会の中で求められている役割によって、また社会によって得られた価値観や論理などの知識によって行動づけられています。

このことをバーガーは、

人間の中の社会

と呼びました。

6.ドラマとしての社会

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Photo by Mike on Pexels.com

社会の中で人は役割を演じています。

これも先ほどの「先生」の話と繋がりますね。

人はその役割を受け入れたり、拒否する「自由」や演じ方への「自由」を持っています。

その人は「先生」をやめるのはその人の自由ですし、

どのように授業するかもその人の自由です。

また、役割への「~だから仕方がない」は「自己欺瞞」と見なされてしまいます。

「先生だから常に教えなくてはいけない。。。」そんなことはありません。

先生も生徒から学ぶこともあります。

とはいえ、僕は単に例として「先生」という職業を出しただけなので、詳しいことは言えませんが汗

社会はこうした個人への自由や自己欺瞞のメカニズムを人々に提供していると、

バーガーは考えました。

7.社会学的マキャベリズムと倫理

マキャベリズムとは、

国家の利益になるためならすべて善い行いであるとみなされる、

という考えです。

6章の自己欺瞞の考え方とマキャベリズムは同じ考えに基づいていると言えます。

社会は人間を形成するものであり(=人間化)、

それゆえにマキャベリズムもまた社会学的に生まれているとバーガーは言っています。

国家のためだから仕方なく悪事を働いた、しょうがなかったんだ。

ナチス政権もまたこれに似たことがいえると思います。

国家至上主義は個人の人間をないがしろにしてしまいます。

国家のためなのか、人間のためなのか、あるいは自分のためなのか。

何のために我々は行動しているのでしょうか?

今一度考える必要があります。

8.ヒューマニスティックな学問としての社会学

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Photo by vjapratama on Pexels.com

さて、最後の章になりました。

最後に著者は、

社会学に対して社会学者はある種の遊びの感覚やユーモアの感覚を身に付けるべきである。

と言っています。

こういった意識の中に人間的な価値観があり、社会学は人間を科学することができます。

がちがちに理論を学んだり分析しても本質にたどり着けるとは思いません。

そこに人間的なアプローチがあるからこそ、人間を科学しているといえます。

言い換えれば、

他者や事象への共感、でしょうか。

そしてこの人間的な価値観を客観的に捉えることが必要です。

「わたしはこう思ってるんです!」

というだけではだめなんです。

「あの人はこう考える。またこの人はこう考えている、、、、」

といったような、

他者理解が必要なんですね!

まとめ

この本で学べたこと
  • 社会学は個人的な娯楽としての学問
  • 社会とは、相互行為から成り立つ。
  • 社会、あるいは人を研究するには、人間的な感性が必要

この本から学べたことは上の3つにまとめられると思います。

本書はあくまでも社会学への入門書です。

社会学とは何か、を学問的に理解するのに、

「社会学ってこんなもんよ」

とジョークを交えてバーガーは社会学を紹介してくれました。

社会学に興味にある方はぜひ読んでみてください!

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