【名言】不思議の国のアリスの名言集!知らなきゃぜったい損しちゃう![アリスのセカイ]

不思議の国のアリス記事のサムネ
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この記事の内容:ルイス・キャロル作の小説「不思議の国のアリス」における名言11選を紹介!

はじめに

ヒトメ
ヒトメ

おかしなおかしなセカイのハナシ

フタメ
フタメ

ハナシのセカイはおかしいおかしい?

フタメ
フタメ

夢も狂気も等しく二重

ヒトメ
ヒトメ

そんなのオセアニアじゃあ常識なのだよ

ヒトメ
ヒトメ

んあ?まてまて、それって映画の「パプリカ」では・・・

 

1. あらすじ

ある日、アリスは川辺の土手で読書中の姉の傍で退屈を感じながら座っていた。すると、そこに服を着た白ウサギが、人の言葉を喋りながら通りかかる。驚いたアリスは、白ウサギを追いかけて、ウサギ穴に落ち、さまざまなものが壁の棚に置いてあるその穴を長い時間をかけて落下する。着いた場所は、広間になっていた。アリスは、そこで金の鍵と通り抜けることができないほどの小さな扉を見つける。(以下略)

引用:「不思議の国のアリス」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 2022年5月28日 (土) 23:47 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9)

2. 小説「不思議の国のアリス」における名言10選を紹介!

①お姉さんが読んでいる本を見てアリスは…

book opened on white surface selective focus photography
Photo by Caio on Pexels.com

さし絵も会話もない本なんてなんの役に立つのかしら?

p11

まだ幼いアリスにとっては、活字だけの本なんて役に立たないもの。アリスとは違って逆に大人の私たちは(少なくともこのブログを読めるほど大人な皆様は)逆に活字ばかりの本だけを役に立つと思って読んでいるのではないでしょうか?

それは私たちの勉強のため、仕事のため。そうやって「活字ばかりの本」は私たちにとって役立つと言えますが、アリスにとってはそんなことどうでもいいんですね。これがアリスが「大人が忘れてしまった幼い頃の私たち」であることを表しているように思います。

そしてアリスの横で本を読むお姉さんはつまり、幼いアリスに対する「大人な私たち」の比喩なのです。この物語の最後にまたお姉さんが登場しますので、また後ほどお姉さんについては触れていきましょう。

② 小さくなってしまったアリスがロウソクの火みたいに消えちゃうかもと考え…

bright burn burnt candle
Photo by Pixabay on Pexels.com

アリスは吹き消したあとのロウソクの炎がどんなふうに見えるのか想像しようとしました。そんなの見たことなかったからです。

P20

これもまた幼いアリスだからこその表現ですね!消えたあとのロウソクの火を見ようなんて考えたこともありませんでした!

それはロウソクの炎というものがアリスにとっては「まだ存在している」ということを表していますよね。それはきっとアリスが「存在が消える」ということをまだ知らないのだ、と考えることができそうです。

現在の私たちが子供の頃によく知っているロウソクはおそらく誕生日ケーキのロウソクでしょう。ハッピーバースデーの歌を歌って家族から祝ってもらい、最後に年齢の数だけのロウソクを吹き消す。

ロウソクとはそんな思い出いっぱいのもの。ロウソクの火が消えてしまっても、祝われることが嬉しくて何度も火を付けて吹き消したくなる。だからロウソクの火は見えなくなっても、まだそこには存在している。

アリスも同じ気持ちだったのかな?

③大きくなろうとアリスはまたよくわからないケーキに手を伸ばし…

photograph of chocolate cupcake with red strawberry toppings
Photo by Vojtech Okenka on Pexels.com

でも、アリスは、とっぴょうしもないことが起こるのがあたりまえだと思うようになっていたので、ありきたりの人生なんてつまらなくてばかばかしいように感じられたのです。

P22

おかしなことが次々に起こる不思議の国。でも、現実世界だってそうだと言えませんか?

人生なにかしらの突然のトラブルや、逆に思いがけない幸運があったり。何かが起こるから人生は楽しいものであり、価値のあるものですよね。

でもいつもの私たちの普段の人生は確かにアリスが言うような「ありきたりの人生」でもあります。

どの人生も大事な人生。バランスが大事だと思いました。

④首が長くなってしまったアリスは自分の足に手が届かなくなってしまって…

pair of black lace up boots on area rug
Photo by Craig Adderley on Pexels.com

「ああ、わたしのかわいそうな、ちっちゃなあんよちゃん。これからは、だれがあなたにお靴をはかせたり、靴下をはかせたりしてくれるのかしら?わたしにはもうできないわ!(・・・)ええっと。そうだ、毎年クリスマスには新しいブーツをプレゼントしようっと。」

P23-24

自分の足に何かをプレゼントしたことがありますか?アリスには当然のことのようです笑

自分の体は本当に自分のものなのでしょうか?もちろん個人で言えば、それはあなたの体だといえますし、その責任(健康状態など)はあなたにあると言えるでしょう。

しかし社会的に言えば、その体はまたあなたの家族のものでもあり、それは職場においてはお客様や会社のためとも言えます。

自分の体はそうやって個人と社会の狭間にいることがあらためてわかりますね。僕たちも、そんな僕たちの体に何かプレゼントをしてあげましょう!

⑤体が小さくなったり首が伸びてしまったりと不思議なことが起こることに対してアリスは…

sand dirty sign texture
Photo by Ann H on Pexels.com

「ほんとにもう、今日はなにもかもおかしいわ!きのうまではいつもどおりだったのに。一晩でわたし、変わってしまったのかしら?ええっと。今朝起きたときは、いつものわたしだったかな?なんかちょっと違う感じがしたような気もするんだけど。でも、ちがってたとしたら、『いったい全体、わたしってだれ?』ってことになるわ。ああ、それって大問題!」

P26

わたしを知らないわたしたち。アリスによればわたしは連続した存在である、らしいですね。

つまり、わたしはいつまでもわたしであって、変わることはない。それは幼いアリスがまだ変化をしていないということを表しています。しかしそれに気づき始めている。

だから「いったい全体、わたしってだれ?」という問いに僕は「いっぱいいる私のなかの一人が”わたし”なんだ」と答えたいと思いましたね。

⑥自分がわからなくなってきたアリスは知っている友達を自分だと考えはじめて…

people silhouette during sunset
Photo by Min An on Pexels.com

『じゃ、わたし、だれなの?それを先に教えて。それで、その子になる気があったらあがっていくけど、そうじゃなかったら、ほかのだれかさんになるまで、ここにいる。』

P28

この言葉を聞く限り、アリスにとって大事なのは「だれかでいること」らしいですね。それが子供ながらも私という存在を価値のあるものだとしているという証拠であり、またそうあるべきだという勝手な思い込みであるということです。

でも、実際はそんなことはなく・・・。

⑦ハートの女王の前で歌わなければいけなかった帽子屋は…

analog clock in macro photography
Photo by Tima Miroshnichenko on Pexels.com

『あの調子っぱずれは時間を殺害しておる!やつの首をはねよ!』

P98

帽子屋は時間のことを「時間さん」と呼ぶほどに尊敬していたそうな。彼によれば時間さんに頼めばいつでも好きな時間にしてくれるとのことです。

しかしある日、女王が開催したコンサートにて歌うことになった帽子屋はそのときにテンポの悪い曲を歌ってしまいました。その時に女王に「お前は時間を殺害している!」と言われたんですね。それ以来彼の時間は6時で止まってしまい、ずっとお茶会を開かなければいけなくなったのでした・・・。

時間にさん付けをして尊敬の意を込めて呼ぶ帽子屋の描写が個人的にとても好きです。

⑧三月ウサギがアリスに”もっと”お茶をどうぞと言い…

white ceramic cup on white saucer
Photo by Pixabay on Pexels.com

「まだ、なにもいただいていません。」アリスはむっとした口調で答えました。「だから、もっとたくさんなんて飲めません。」「もっと少なく飲めませんだろ」と帽子屋。「ゼロよりもっとたくさん飲むのはとてもかんたんさ。」

p100

これこそまさにナンセンス!!笑 

ここでの論理の食い違いはつまり、アリスが「まだお茶をもらっていないというのに”もっと”という表現はおかしいでしょ」と主張しているのに対し、三月ウサギは「お茶を0より飲むのは簡単だ」というお茶を飲む難易度の話をしているからかみ合っていないのですね。

でも、このわけのわからない会話に僕は面白さを感じます。ウサギにとっては「ゼロをより少なく飲むということがいかに難しいかが大切」だとこのセリフからわかりますよね。

僕らの日常生活でもそんなようなことがあるのではないでしょうか?論理が破綻しているからこそ、面白いのです。

⑨教訓好きの公爵夫人が”愛こそが世界を動かす”と言ったときに…

grayscale photography of people
Photo by Paweł L. on Pexels.com

「だれかさんが言ってましたけど[中略]みんながよけいなおせっかいを焼かなければ世界は動くって!」

p121

「よけいなおせっかい」とは何を意味しているのでしょう。作者のキャロルはなぜこのような表現をしたのでしょう。

文学的に研究されたりしているのでしょうが、ここでの僕の回答は「他者からの作用」全般のことを指しているんじゃないかなあと思います。

ちょっとわかりにくいですね笑。説明します。

つまり、「人は自分一人で動く力を持っているのに、それが他の人やモノによって無理に動かされているときがあって、キャロルはそれを批判している」のだと思います。

僕らはやりたいことを自由にやりたいと思っています。でも現実には養うべき家族がいたり、お金のために働かなければいけなかったり、いろんなことを他者や社会から強いられています。

でも、そういう状況にキャロルは批判をしたのだと思います。もっと自由に生きよう!と。しかしキャロル自身もそれが人間として生きていくうえで絶対に不可能なことはわかっている。

だからこそまだ幼くて未熟て純粋なアリスに「だれかさんがよけいなおせっかいを焼かなければ世界は動く」という言葉を言わせたのではないでしょうか?

このだれかさんというのはキャロル自身のことかもしれませんね。

⑩悲しそうにしているグリフォンになぜ悲しんでいるのかをアリスは尋ね…

griffon vulture
Photo by Petr Ganaj on Pexels.com

「なにを悲しんでいるの?」「つもりになっているだけなんだよ。実際は、何も悲しむことなんかありゃしないんだ。さあ、おいで!」

127

この前のグリフォンのセリフに「傑作だぜ!(アリスがなにが?と聞く)なにって、女王様だよ。つもりになってるだけなんだよ。実際はだれひとり処刑なんかしてないんだ。」というものがあります。

つまりグリフォンはあらゆるものが表面的で「つもりになっているだけ」という考えを持っているのです。

これはわかりやすい社会に対するアンチテーゼですね。でもここで重要なのは、グリフォンが悲しそうにしていることだと僕は思います。

グリフォン自身もそれが偽物の悲しさであることを理解している。でも、実際にアリスにはそれが悲しそうにしていると「見える」。

感情のことだからはっきりとした答えはありません。でも、グリフォンは自分ではわかっていないけれど、本当に悲しんでいるのかもしれません。

ここにアリスが物語のはじめのほうで言った、「わたしってだれ?」というテーマに結びついてくるのかなあと思います。

わたしはわたしを知らない。まさに哲学者ニーチェが言っているように「われわれはわれわれに知られていない(道徳の系譜より)」のでないのでしょうか。

⑪目覚めたアリスに不思議の国での話を聞いたお姉さんは…

close up photography of woman sleeping
Photo by Andrea Piacquadio on Pexels.com

でも、わかっていたのです。目を開けさえすれば、なにもかも、つまらない現実に変わってしまうということは。

p172

アリスの話を聞いて夢を見始めたお姉さん。お姉さんもまた夢のなかでアリスと同じように不思議な世界を冒険します。

しかし、アリスとお姉さんで違うのは、お姉さんがそれを「夢である」とわかっていることでした。幼いアリスには夢と現実の区別がつかないのです。

これこそこの物語の一番大切な教訓だと思います。

子供たちはいつも夢を見ている。でも大人たちは現実を知っている。その「大人の空しさ」と「子供の幸せ」をキャロルは描きたかったのだと思います。

みなさんにはどんなすてきな思い出がありますか?

おわりに

ナンセンス文学といわれる「不思議の国のアリス」。ではセンス(論理的)とはいった何なのでしょうか?それについてはこちらの記事をご覧ください!

そして夢と現実というテーマを描いた作品を手がけた漫画家・アニメーター「今敏(こんさとし)」。彼の全作品の紹介を他記事でしたので、こちらもチェック!

不思議の国のアリス記事のサムネ
不思議の国のアリス記事のサムネ
フタメ
フタメ

なんだかわけのわからないことが起きるセカイでしたが、どこがじ~んと心があったまるようなお話でしたね。

ヒトメ
ヒトメ

うん…必ずしも泥棒が悪いとはお地蔵さんも言わなかった。

フタメ
フタメ

・・・ん?ヒトメさん?

ミヤコ
ミヤコ

パプリカのビキニよりDCミニの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。
五人官女だってです!蛙たちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミから吹き出してくるさまは圧巻で、まるでコンピュータグラフィックスなんだそれが!
総天然色の青春グラフィクスや1億総プチブルを私が許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんだよ!

ヒトメ
ヒトメ

ヒ、ヒトメさん! 醒めろーーー!戻ってこーーーーーーい!!汗

【愛犬の死】ありがとう、おやすみ。我が家のペットの最期に思いを馳せる[ライのセカイ]

不思議の国のアリス記事のサムネ
不思議の国のアリス記事のサムネ

この記事の内容:我が家のペットとの思い出を語ってみる

はじめに

カランカラン

ヒトメ
ヒトメ

いらっしゃいま・・・

そこにいたのは立っているのがギリギリといった様子の、老いたミニチュアダックスフンドでした。

フタメ
フタメ

いらっしゃいませ!…って犬?

フタメ
フタメ

はあ、とうとうこのときが来ちゃったか・・・。

ヒトメ
ヒトメ

???

というわけで今回は、我が家の愛犬との思い出を思い返してみようかなあと思います。

1. 最初の出会い

思い出せる限りであのときに戻ってみましょう。あのときは飲めなかったウィスキーを片手に。

最初のきっかけはなんだっただろう。たしか小学二年生当時、毎日のように見ていたディズニーチャンネルを観ていて、そのときにやっていた番組に出てきた犬を見て僕も欲しいと思ったのがきっかけだったような気がします。

そしてそれからどういうわけか両親のお許しが出て犬を飼うことに。正直ここらへんの経緯は全くわかりません(笑)今度聞いてみるか。

犬を飼うって決まってからいろいろと早かったような気がします。知らないうちに親がどこからのわんちゃんを譲ってもらうという話になり、僕は母さんと夜の暗い頃に車に乗り込んだ記憶があります。

車に乗っている間、外の街頭が僕の目の前を公定速度で通り過ぎていきました。そして帰りには「僕のわんちゃん」がこの車に乗ってくるんだと胸を躍らせて座席シートのヘッドレストをつけては外したりしていたような気がします。

そんなこんなでわんちゃんがいる家へ着きました。僕にとっては全く知らない人の家だったので少し不安だったのをかすかに覚えています。もらえるモン(犬)だけさっさともらって帰りてえ!そんなシャイな僕でした。

ここまで書いて思いましたが、そういう”大事な瞬間”っていうのは本当に、不思議と記憶に残るものだと思いました。だって上に書いたとおり、一回しか行ってない知らない人の家がどこにあるかとか、家がどんな感じだったかとか、鮮明ではないにしてもしっかりと重く覚えているからです。

その家は確か一軒家だったような気がします。新しいっていうよりかは、少し古めの家だったかな。その家に入るとその家主のおばさん(か、おじさん?それかおじさんみたいなおばさん?)が暖かく迎えいれてくれました。

部屋の中に入るとまずその部屋の中央に真っ白なミニチュアダックスフンドが横たわっていました。どうやら僕がこれから引き取るのはミニチュアダックスフンドの子供のようで、その白い犬はそのお母さんだという話でした。いま思えば、いうてもミニチュアダックスフンドなので当時そこまで大きくなかったのでしょうが、幼い僕からすれば得たいの知らない巨大な白い物体がすやすやと眠っている様子に興味津々でした。

母さんとそのおばさんの話を聞いていると、どうやら”ブツ”は横に置いてあった段ボールに入っているようです。僕はその段ボールをひょこっと覗いてみることにしました。

するとそこには一匹の小さい毛むくじゃらがいました。先ほどの白いダックスフンドとは打って変わって茶色い毛むくじゃらで、さすがの小学二年生の僕でもちっちゃいなと感じるくらいの大きさでした。

でかい犬は祖父母の家で少し慣れていても、こんなにちっこい犬は触ったことがありません。僕はとりあえず撫でるだけしかできませんでした。

なんだかんだで”取引”が終わり、僕らは家に帰ることに。車のなかで”そいつ”は確かいぬ用のかごか、もしくは布製の小さな犬小屋のなかに鎮座していたような気がします。

そのときに母さんと何を話していたのか。でも、確かにもちろん覚えているのはいま一緒に車に乗っている”そいつ”に名前を付けよう、という話でした。

母さん「名前どうしよっか?」

僕「うーん・・・、サムライがいいな?」

母さん「は?」

これには実はちゃんとした(?)理由があるのです。というかあったと思っています。

さっきも言ったように、僕の犬が欲しかった理由は当時狂うほどに観ていたディズニーチャンネルからで、そのときにやっていた番組に登場していた犬の名前が確かサムライだったのです。

母さん「サムライはちょっとなあ・・・(汗)なんか他にある?」

僕「ええ・・・。じゃあ”サム”。」

僕は絶対に譲りませんでした。サムライの魂を、この日本男児ならぬ日本”犬”子につけてやろうと必死でした。

母さん「サムか・・・汗。どうする?」

僕「サムにする。」

母さん「サムねえ・・・。どうする?」

みたいなやりとりがちょっと続きました。母さんはなんとなくサムは嫌だったのでしょう。僕は間違った選択肢を選んでいたせいで、母さんとの会話がRPGのように抜け出せない無限ループへと突入していました。

僕「じゃあ・・・”ライ”にするわ!」

そうしてこの茶色い毛むくじゃらの名前は「ライ」に決まりました。

2. ライが家に来てから、その日の夜。

家に着くと、幼い僕からしたらしっかりと夜遅くの時間でした。わんちゃんを迎え入れるためのケージはもう作っていた(いや親に作らせた)ので、とりあえずライをその中に入れました。

すると家で待っていたうちの父さんがもの珍しそうにビールを片手にやってきました。

父さん「おう、来たかあ!(酔) 名前なんにする?」

僕「ライ」

父さん「ライ・・・?漢字でどう書くの?」

僕「え?」

ライは”サムライ”から取ったので漢字などありません。小学二年生の僕にとって、ライという名前に漢字をつけるなんて考えもつきませんでした。

父さん「”雷”(らい)なんていいんじゃないか?かっこいいじゃん」

僕「うーん、いや”来”(らい)だね。」

父さん「来・・・?」

”雷”なんて漢字、まだ学校で習ってません。だから僕はかたくなに”来”だと言い続けました。

確かに雷のほうがかっこいいと今まで思ってました。でもまたいまの僕が思うと、”来”という漢字のバランスと形もなかなかにセンスがあってお洒落なんじゃないかなあとこの記事を書いていて思います。

そんな会話を横ですっとぼけて聞いている弟。なにしろ幼稚園ぐらいの頃の弟でしたから、本当に何の話をしているのかわからなかったのでしょう。弟よ、お前は我が家の愛犬の名前の由来を知っているんか???サムライぞ。

さて、そんなこんなでとりあえずライに飯を食わせようという話になりました。飯の食わせかたはじいさんとばあさんの家ですでに学習済みだったので、よっしゃいけると思いました。

でもその想像に反して母さんが用意したのはぐちゃぐちゃの茶色い何か。それはお湯で柔らかくしたドッグフードだったのですが、いつも成犬用の固形のドッグフードを見ていた僕は、これが餌であることが理解できませんでした。

僕「お母さん、これ?」

母さん「うん、これあげて」

くせぇ。とにかく、くせぇ。お湯で戻したドッグフードは幼く純粋な僕の鼻腔をスパイシーに突き刺しました。でも当のライはそれをむしゃむしゃ(この擬音で合っているのだろうか)食ってました。もう少し大きくなってドッグフードをふやかすことはなくなったとはいえ、ライは結局15年ほどこれを食い続けていたのですから、立派なもんです。

ライは僕と同じで食いしん坊だったのでいつもぺろりと食べていました。そしていつも足りなそうにしているのを見ていつも家族で冗談のように「死ぬときは腹一杯食わせてやるか!」と笑っていたのですが、実際にそのときになると腹一杯どころか一粒のドッグフードも食べられない状態になるのですから、困ったものです。

ライが一通りご飯を食べ終えて、それから僕たちはライの部屋に寝床を用意してあげました。まだすっからかんのケージだったので、そのまま寝るのはさすがに酷な話でした。

そして夜遅くなって、僕とライの最初の一日は終わりました。

ライが来た小学二年生のあの日から、だいたい高校まで。

すみません。その日以降の記憶は嘘のようにぶっ飛んでいます。というのも時系列でちゃんと覚えているのは最初の日くらいなもんで、それからは断片的な記憶がただぐちゃっと固まっているに過ぎないのです。

なので断片的にライとの思い出を書いてみようと思います。

ライとリコーダー

まず覚えているのは・・・、リコーダーの話でしょうか。

小学二年生、もしくは低学年の頃。誰もが穴の空いたプラスチックを無理矢理口に突っ込まれていました(卑猥な意味ではありません。)そう、リコーダーです。

僕はそのとき音楽の授業のためか何かで、家でもそのプラスチックを口に突っ込まなくてはいけませんでした。

僕「しかたねえ、突っ込むか」

と思い、おもむろにリコーダーの練習を始めると、

ライ「ワオーーーーン、ワオーーーーーン」

とうちの毛むくじゃらが遠吠えを始めたではないですか!(驚)

僕はそれが面白すぎて、もちろん僕だけでなく家族も一緒になって笑っていました。今思えばライが歌ってくれたのはあのときの数日くらいなもんで、すぐに飽きてしまったのかそれ以来は僕のリコーダーを無視するようになったのですが・・・。

ライとサッカーボール

ライが好きなのは小さいサッカーボールでした。ライはほとんど室内犬だったもので、リビングでいつもその赤いボールを使って遊ばせてました。

小さい頃のライはそれはそれはボール遊びが上手で、器用に頭を使って僕が遠くに投げたボールを持ってきては僕に投げろと吠え、また取ってきては投げろと吠え続けられました。

あの時のライはいつも疲れ知らずでした・・・犬ってすげえなとその時思いました。

外で普通のサッカーボールを使って遊んだこともあったのですが、自分の体よりも大きいボール(4号球くらいかな)をこれまた器用にドリブルしていたので、やっぱ犬ってすげえなと思いました。

ライと足

ライが好きなのは僕の足を舐めることでした。足というか主に四肢全部舐め尽くされました。

調べてみると、犬が飼い主の興味をひくためにやる行動らしい(?)。まあ、詳しく調べてませんが。ただ僕が思うにライの場合はただ僕の体から塩分を摂取したかったのかなあと思っています。

ライと女の子ミニチュアダックスフンド

僕の家の前に住んでいる友達もミニチュアダックスフンドを飼っていたので、たまにその子のわんちゃんと散歩をする機会がありました。

そして実はその子とライをうちのケージに入れたことがありました。今思えばそのときライが去勢していなかったら、晴れてできちゃった結婚しちゃっていたところでしょう。

ライと首輪

ライとうんこ地雷

ライと親戚のお姉ちゃん(しおりちゃんの話)

こんなにかわいい犬を気持ちわるいだなんて。こんな女はろくな女にはならんぞ。と、幼い僕は思ったのでした。世の中にはもっと長くてきもい悪いものもあるというのに。

3.高校を卒業してから、ドイツに来て。

実は僕、いまドイツで大学生をしています。

ドイツに来てから帰ったのは3回。一回目は一年経ってからでしたが、さすがに3回目ともなるともうライはすでに相当やせこけていました。

だんだん白くなっていくライを見て、「ああ、あのときのお母さんに似てきたな」と思いました。あのときは巨大なミニチュアダックスフンドだと思いましたが、今目の前にいるライはまだちっちゃいままでした。

死について

犬でさえ、思い出して自然と涙が出ちゃうのですから、人間の場合どうなってしまうのでしょう。

きっとライはこんなこと考えてないんだと思います。犬ですから。

でも、確かにやっぱりライはうちに来て、同じ家族になり、そこで生活していたんです。

割と気の利く犬ではありませんでしたが、それがまた恋しいです。あんだけリコーダー吹きまくったのに、その後一回も歌ってくれませんでした。

なんだか、こういうことがあると、悪いことはできないなあって思います。もちろん犯罪とかはしてませんよ。でも僕もちゃんと人を傷つけたりするときがあるのです。そして傷つけた人たちにちゃんと嫌われているのです。

死とは不思議なものです。

距離が離れているからこそ、僕はまだライの死をそこまで実感していません。

でも、きっとどこまで言っても生というのは一つの現象にすぎないし、また現象というのはおぼろげに消えてしまうものです。でも、わかっていても涙が出るのもまた当然の現象なのです。

そして人間が存在するのはそういうあやふやな現象である時間を楽しむためだと僕は思います。

いまこの記事を書いている僕は、なんだか不思議な気持ちでいっぱいです。いつか僕が灰になってしまう前に、こうやって書き残しておきたいと思いました。当分灰になる予定はさらさらありませんが。

今敏のブログを読み直しました。別にこれでなくてもいいんです。何かを思い返すことができればそれでいいんです。

ウィスキーがあれば人はいつでも昔に戻れるのです。だから僕はお酒が好きなのです。

さて・・・ウィスキーもついに無くなってしまったので、今回はここまで。また新しいお酒が手に入ったらまたお会いしましょう。いや、会おうね。それじゃ、ばいばい。

不思議の国のアリス記事のサムネ
不思議の国のアリス記事のサムネ

ヒトメはその犬に彼の好きだった小さなサッカーボールを渡しました。

フタメ
フタメ

なんだかわけのわからないことが起きるセカイでしたが、どこがじ~んと心があったまるようなお話でしたね。

ヒトメ
ヒトメ

うん…必ずしも泥棒が悪いとはお地蔵さんも言わなかった。

フタメ
フタメ

・・・ん?ヒトメさん?

ミヤコ
ミヤコ

パプリカのビキニよりDCミニの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。
五人官女だってです!蛙たちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミから吹き出してくるさまは圧巻で、まるでコンピュータグラフィックスなんだそれが!
総天然色の青春グラフィクスや1億総プチブルを私が許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんだよ!

ヒトメ
ヒトメ

ヒ、ヒトメさん! 醒めろーーー!戻ってこーーーーーーい!!汗

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